大判例

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福岡高等裁判所 平成6年(う)305号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平田勝雅提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

第一  控訴趣意中法令適用の誤りないし事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人について恐喝罪の障害未遂を認定しているところ、被告人は、原審相被告人Aと共謀の上、平成五年八月一九日午後八時ころ(以下特に年を記載しない時は、平成五年を意味する。)、原判示のレストラン「すかいらーく東比恵店」において、Bを脅迫して金員を要求したが、同日午後一一時ころ、同人に電話をかけた際、今後事件から手を引く旨を告げ、翌日にはAに対しても同様の趣旨を告げて同人もこれを了承した、その後同人が、同年九月、二回にわたりBの勤務する中学校に乗り込んで金員の要求を続けた結果、同人において、警察に通報したため、本件は未遂に終わつたが、被告人については、中止犯が成立する、したがつて、障害未遂しか認定しなかつた原判決には、判決に影響することが明らかな法令適用の誤りないし事実誤認があるというのである。

しかしながら、以下に述べるとおり、関係証拠を検討しても、被告人について中止犯は成立しないので、原判決に法令適用の誤りないし事実誤認はない。以下、所論に鑑み説明する。

一  証拠上認定できる事実について

原判決の引用する関係証拠によれば、次の事実が認定できる。

Bは福岡市立甲野中学校に勤務する教師であるところ、AはBの教え子であるC子と交際する中で、八月八日ころ、同女から、Bが以前一八歳未満のC子と情交関係をもつたことを聞知した。Aは、Bの行為は福岡県の条例に違反するので、これを種に同人を脅かせば金員を喝取できるのではないかと考え、元暴力団員であり会社を経営する知合いのDに相談したところ、同人の経営する会社に勤務していた被告人に依頼することになり、被告人はこれを承諾した。被告人は、八月一九日甲野中学校へ電話をかけてBに原判示の文言を申し向けて「すかいらーく東比恵店」に呼出し、同店内及び同店駐車場に駐車中の車両内において、原判示の脅迫文言を申し向けて、C子に対する慰謝料名目で現金を要求し、もし右要求に応じなければ、Bの信用・名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨を告知して脅迫し、その場で同人は五〇万円を翌日被告人の指定した喫茶店に持参して支払うことを承諾した。その後被告人と別れたBは、その日のうちにC子に電話をかけて、金員の要求が同女の意向に基づいているのかどうか確かめたところ、同女の意向に基づいていないことが判明したので、同日夜被告人から電話がかかつてきた際、C子の意向に基づいていない金員の要求には応じられない旨述べ、被告人は、Aとだけでも会つて欲しいと述べた。翌日、Bは、約束の時間・場所に出かけたが、被告人は、Bが来ない可能性が高いものと考えてAを行かせず、同店に電話をかけてBが来ているか問い合わせたが、同人の来店を確認できなかつた。同日、被告人は、C子自身をしてBに対して慰謝料名目で金員を要求させれば同人も支払うのではないかと考え、Aに指示してC子を被告人の勤務先に同行させ、Bから金員を支払つてもらう意思のなかつたC子をAと共に説得して、同人に送迎をさせてその日のうちにC子を直接Bに会わせて金員を要求させたが、同人から拒否され、被告人の勤務先に戻つてきたC子からも、自分とBの二人の問題だからほつといて欲しいと言われたこともあつて、Aに対して一か月位期間をおこうと述べた。その後Aは、九月一七日及び同月一九日甲野中学校へ乗り込み、Bに対してC子に対する慰謝料名目で金員を要求したが、拒否され、間もなくBが警察に本件被害を届け出て被告人及びAが逮捕された。

二  中止犯の成否について

所論は、被告人が、思案の末犯行からの離脱を決意して八月一九日午後一一時ころ、Bに電話をかけて、「自分は手を引く。今後は関与しない。」旨を告げたと主張する。しかし、Bの原審証言、被告人の原審公判供述によれば、被告人は、「すかいらーく東比恵店」においてBを脅迫した際、五〇万円支払うことを承諾した同人に対して、Aに連絡した上でBに電話をかける旨話していたので、その後所論指摘の日時ころ同人に電話をかけて、Aと連絡が取れたから明日被告人の指定した喫茶店に行く旨を告げたこと、その直後、右電話の際、Bが、一旦は承諾した金員の支払を拒否する旨話したところ、被告人が「そうであれば、自分がわざわざ入る必要はなかつた。先生とは一切知らない人間ですよ。ただ彼(A)とだけは会つてくれ。喫茶店で予定どおり会つて欲しい。」旨述べたにすぎないことが認められる。右認定に反する被告人の当審における供述は、他の関係証拠と対比して信用することができず、他に記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論がいうような明確な表現をしたことを窺わせる証跡はない。右電話の時点において、被告人は既に恐喝の実行行為を行つていた上、被告人が述べた内容も、この件から手を引くかのような口振りを示す一方で、Aとは会つて欲しいというものであつて、同人がBと会えば、引続きC子との関係を種に金員を要求することを十分予測した上で、Aの行動がしやすいように仕向けたものといえる。被告人の行為は、それまでに行つた実行行為の因果性を切つておらず、その影響を残したままにしているのであるから、右電話をかけたことをもつて、Aとの共犯関係が解消されたものとはいえない(最高裁判所平成元年六月二六日第一小法廷決定刑集四三巻六号五六七頁参照)。したがつて、刑法四三条但書にいう自己の意思により止めたとはいえないから、所論は採用できない。

所論は、翌八月二〇日被告人の勤務する会社に来たAに対しても、「自分は手を引く。君も手を引いて後は女性自身に委ねるように。」という趣旨を告げ、Aもこれを了承したと主張するが、前示認定の同日、被告人の勤務先における被告人のC子に対する前記言動から考えると、少なくとも同女をBに会わせる前には所論のような話をしたとは考えられない(被告人がその前日Bを脅迫して金員を要求したことを背景に、被告人がAと二人がかりで、それまでBから金員を支払つてもらうことなど考えてもいなかつたC子を説得して、その日のうちにBに対して金員を要求させたことと矛盾する。)し、その後C子がAと共に被告人の勤務先に戻つてきた際にも、証拠上、被告人が一か月位期間をおこうと話したことが認められるにすぎず、このような被告人の言動をもつて刑法四三条但書の自己の意思により止めたとはいえない。所論の主張する内容を被告人がAに対して話し、同人がこれを了承した点は、被告人の当審供述以外にこれを窺わせる証跡がなく、右供述は、その他の関係証拠、とりわけ、被告人の捜査段階及び原審供述と比照して信用することができない。所論は採用できない。

その他、所論がるる主張する点を検討しても、被告人に中止犯を認めなかつた原判決に法令適用の誤りないし事実誤認はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中量刑不当の主張について

所論は要するに、被告人を懲役一年六月に処し、未決勾留日数を算入しなかつた原判決の量刑は、刑期の点においても、未決勾留日数を算入しなかつた点においても、重すぎて不当である、というのである。そこで、原審記録に当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

本件は、被告人が、Aと共謀の上、私立中学校の教師である被害者が一八歳未満のC子と情交関係をもつたことに因縁を付け、被害者の勤務する中学校に電話をかけてレストランに呼び出し、同店内及び同店駐車場に駐車中の車両内において、原判示の文言を申し向けてC子に対する慰謝料名目で現金を要求し、もし、要求に応じなければ、被害者の信用・名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨を告知して脅迫したが、被害者が警察に届け出たためその目的を遂げなかつたという事案である。被告人は、Aから、かつて被害者がC子と情交関係をもつた点は福岡県の条例に違反するとして、これを種に金員を取つてほしいと依頼されるや安易に引き受け、犯行に及んだものであつて、脅迫内容も、被害者の弱味に付け込んで、要求に応じなければマスコミに知らせる旨脅かして示談書の作成まで要求するなど、計画的で卑劣な犯行であり、犯行の動機に同情すべき事情はない。しかも、被告人は、恐喝の実行行為を分担し、一旦は被害者に五〇万円の支払を承諾させ、その後はAに対して被害者がC子と直接連絡をとれないようにすることを指示するなど、重要な役割を果たしている。また、被告人は、昭和五二年一一月にも恐喝罪により懲役一年六月、四年間保護観察付刑執行猶予の言渡しを受けていた(刑執行猶予の言渡しを取り消されることなく、右猶予期間を経過した。)にもかかわらず、本件恐喝行為に及んでいる。したがつて、被告人の刑事責任は軽視できない。してみると、「すかいらーく東比恵店」で脅迫後、その日の夜被告人が被害者に電話をかけた際、金員の支払を拒否され、その翌日C子に直接金員の要求をさせたもののそれも断わられると本件から事実上手を引き、犯行自体は未遂に終わつたこと、被告人が反省していること、被告人の就職先が確保されていること、本件の背景事情をみると、被害者にも軽率な点があつたこと、原判決後被告人が被害者に対して五万円の提供を申し出、同人が受け取らなかつたものの、被告人の寛大な刑を望む旨の嘆願書の作成に応じたことなどの、被告人のために汲むべき事情を十分考慮し、併せて共犯者の刑とのバランスを考えても、被告人が懲役一年六月の実刑に処した原判決の量刑が、重すぎて不当であるとまではいえない。刑期の点についての論旨は理由がない。

次に、原判決が未決勾留日数を算入しなかつた点について検討する。記録によれば、被告人は一一月一五日、本件により逮捕、同月一八日勾留され、同月二六日Aと共に起訴されて併合審理を受け、第八回公判(平成六年七月二六日)において原判決の言渡しを受けたこと、原判決が本刑に算入可能な勾留日数は二五〇日(起訴後算入可能な勾留日数は二四二日)であること、原判決は未決勾留日数を本刑に全く算入しなかつたこと、第一回公判(一二月二四日)における冒頭手続において、被告人は、恐喝の故意及び共謀の点を否認すると共に、公訴事実中の脅迫文言についても一部否認し、Aから自分の彼女が強姦されたので慰謝料を請求してくれと頼まれて被害者に連絡しただけで、恐喝をしようとしたことはないと述べ、弁護人も事実関係は被告人が述べたとおりであり、被告人はC子の被害者に対する慰謝料請求として金員を要求したものであり、正当な権利行使あるいは正当な権利行使と誤信してなしたもので、違法性又は故意を欠き無罪である旨陳述し、Aは、C子から被害者とC子の交際を絶つようにして欲しいと頼まれてそのことを被告人に依頼したものであり、金員の要求や恐喝を共謀したことはない旨陳述し、Aの弁護人は、公訴事実中現金を喝取しようと企てとある部分及び被告人との共謀を争い、実行行為については無関係であるから、無罪である旨陳述したことが認められる。また、記録によれば、検察官は、被告人及びAの関係で、証人として、被害者、C子、E子(C子の母親)を(Aの関係でほかに一名を証人申請したが、後に撤回した。)、被告人の弁護人は、証人Dを、Aの弁護人は、情状証人一名を申請し、いずれも採用されて取り調べられ、被告人質問としては、被告人及びAの関係で、被告人に対する質問が二回、Aに対する質問が四回行われたこと、第一回公判において、検察官から被害者及びC子の証人申請が行われて採用されるとともに、平成六年二月四日及び同月一八日を公判期日として指定したが、その後同年一月一七日に検察官から同年二月四日の公判に証人尋問が行われることになつていた被害者の出廷が確保できないことを理由とする公判期日の変更申請が行われ、被告人の弁護人はC子の証人尋問を先に行うことに不合理性はないから、予定どおり公判を開いて証人尋問を行うべきであるとして、不相当の意見を述べたが(Aの弁護人は然るべくという意見を述べた。)、原審は、同年一月二四日に、同年二月四日の公判期日を取り消すとともに、同年三月四日を公判期日として指定する旨の決定を行い、第二回公判(同年二月一八日)に被害者の、第三回公判(同年三月四日)にC子の証人尋問を行つたことが認められる。以上述べたような本件事案の内容、被告人がAと共同審理を受けたこと、本件の審理経過(前述した公判期日の変更については、被告人の責めに帰すべき事情がないから、これにより勾留が長引いた分を被告人の不利益に扱うことは相当ではない。)、被告人及びAの主張内容等を検討すると、被告人が原審において勾留された日数(起訴後算入可能な勾留日数)のうち一四〇日が審理に必要な日数であつたと考えられる。したがつて、刑法二一条のいう裁量による未決勾留日数の本刑算入の趣旨からすると、起訴後の算入可能な勾留日数である二四二日から、右一四〇日を差し引いた残りの一〇〇日(二日は切り捨て)を本刑に算入するのが相当であり、未決勾留日数を全く算入しなかつた点において、原判決の量刑は不当に重いというべきである。この限りで論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実に原判決と同一の法令を適用した刑期の範囲内で、被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中、一〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 川口宰護 裁判官 林 秀文)

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